夫婦喧嘩は人付き合いの原点

 昔、夫婦喧嘩が多くなって、私たちはだめかなと思う時があった。
その時、「どうせなら、どんな人とも上手く付き合えるようなスキルを身に着けてから、結論を出そう」と思った。



もう1つは「夫を大事にして別れる事になったら、後悔させてやろう」だったw
なんて浅はかな、というかどっちも無理だろうに。

ただ、その時考えて試してみて、自分の中で決めたルールがある。
病気、怪我、破産等、大きな事以外は反対しない。
(話す度に否定されたら、誰だって話す気がなくなるから)
自分と相手の線引きをする。
(自分がやると失敗しても、相手がやって失敗するとは限らない)
言いたい事は言う
(黙ってても、態度に出ていたら言ってるのと変わらないから)



そのルールに従うと、言い方が変わった。
例えば、私が使うには大きくて重たい鍋を夫が買おうとしたとする。
「重たくて使えないじゃない!」じゃなく「重たすぎて私は使えないけど、それでいい?」
買う事に反対はしてない。ただ、私は使わないよという宣言はする。

腹黒く言うと、相手が決めた事の責任は相手にとって貰う。使わない鍋を捨てることになっても私のせいじゃないよーみたいな。

自分なら上から下へ掃除するとして、夫が下からはじめたとしても言わない。
私は体力がないから無駄な動きはしたくないと思うけど、夫は先に下を掃除して気分が乗ってきたら、上から掃除してもう一度下を掃除するかもしれない。体力の差や感じ方の差も人による。

腹黒く言うと、相手にやらせて足りない所だけ自分がやるって事も出来る、てかしてる時もあるw



考えてみたら、普段の人付き合いがこれだった。
自分の仕事の範囲はやるし、相手が忙しそうで自分が暇なら「手伝える事がある?」と聞く。相手が忙しそうで何か頼まれても、自分の仕事が忙しいなら断る。

プライベートも同じ。誘ってくれるなら行くけど、無理しては行かない。誘いはするけど相手が忙しそうならまた今度でいい。

自分と他人の線引きは出来てたはずなのに、家の中だけ上手くいかなかったのは、共同生活だという視点が抜けてたからだと思う。母が家事は女の仕事というタイプで、家事に対しては反論させないタイプだったので、そういうもんだと思い込んでた。

仕事みたいにはっきり役割が分担されてるわけではなく、友達付き合いのように嫌になったらバイバイというわけにもいかないのが家庭なので、その人の付き合い方が一番出やすい気がする。

考え方を変えたら、喧嘩は激減した。
今でも喧嘩しないとは言わないけど、お互いイライラしてるなってわかるので、仲直りもわりとはやくなった。話しあって、進めるようになったせいか、いないと困るねってお互いで言いあえるようにもなった。



ただこの考え方でいくと、合わないと解った時は別れるか、我慢するしかなくなる。

普段の人間関係でもその傾向はある。合わないなと思ったら、自分から離れていく。相手にそれはやめろとは言わないし(そんな権利はない)自分が我慢すればいいやとも思わない。

面倒なのは苦手だしこれでいいと思っているけど、この性格の欠点は人との縁が切れやすい事。忙しい時は人と付き合わないから、気が付いたら疎遠って事もある。

本当は無理な事でも、豪快に笑って相手を巻き込んで、その代わりに細かい所に気が付いて相手のフォローもかかさないので文句も出させないようにして、物事を進めるタイプに憧れてたんだけど、私の性格では無理だったな。

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